前野良沢資料集 第一巻

ちょうど1年前、大分県先哲叢書の一冊として、『前野良沢資料集 第一巻』(大分県立先哲史料館編集、大分県教育委員会発行)が出ました。昨年は大分県教育界が教員採用不正事件をめぐって大揺れに揺れ、マスコミによって連日、全国にそのスキャンダルが報道されました。その騒動のなかですから、本書の出版はまったくといってよいほど一般に知られていません。

明治初年、大槻如電が洋学史研究を開始して以来、今日に至るまで、蘭学といえば解体新書、解体新書といえば前野良沢。教科書によって大槻玄沢の名も人口に膾炙してきました。しかしながら、蘭学の開拓者前野良沢の著訳書や現存する最善の資料を可能な限り収録し、厳密な校訂版を提供する。そうした前野良沢全集の試みはこれまで一度もなされませんでした。

私は、今回の『前野良沢資料集』第一巻を手にして、最善の資料を厳密な校訂で提供しようという監修者、担当者の意気込みをひしひしと感じました。蘭学の開拓者前野良沢は、学問に対する厳しい態度と幅広い視野、鋭い分析能力を兼ね備えていました。良沢への深い敬意と現代日本における人文学の危機感を共有するすべての人に、本書の出版の意義を知っていただきたく、また一般の方へも本書の存在を広めていただきたく、強く願う次第です。

第一巻には、良沢の主著ともいえる『管れい秘言』(「れい」は漢字の代わりです)が平田篤胤関係資料(国立歴史民俗博物館蔵)中の写本を底本として、また『解体新書』が京都の小石家究理堂文庫の書き入れ本を底本として、厳密な校訂をへて収録されています。究理堂文庫本は蘭学塾究理堂で使用された教科書であり、その書き入れは西洋解剖学の受容史を解明する上での一級資料です。

第二巻も刊行準備が進んでいると聞きます。このすばらしい快挙が広く知られることを望んでやみません。