前野良沢資料集 第2巻

昨日、今年度の授業が始まりました。開花が例年より早く、もう葉桜がちらほら。

年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず。

この詩句は今から230年近く前に、オランダ語訳されました。訳を頼んだのは平戸藩松浦静山。訳したのは静山と親密な交流をもったオランダ商館長イサーク・ティチング。
静山のためにオランダ語の意味を教えたのは阿蘭陀通詞本木良永でした。

それより少し前、江戸で『解体新書』(1774)が出版されました。その翻訳グループのリーダー前野良沢(1723-1803)はまさに江戸蘭学の祖というべき蘭学の開拓者でした。

本日、大分県立先哲史料館から、『前野良沢資料集第二巻』(大分県先哲叢書、平成21年3月31日刊)の贈呈本を受け取りました。B5判、口絵8葉(カラー写真)、358頁の上製本です。

前野良沢の現存する資料を可能な限り集成し、信頼できる本文校訂によって提供する著作集はこれまでありませんでした。先哲叢書の『前野良沢資料集』(全3巻予定)はまさに、その名に値する貴重な出版事業です。昨年の第1巻に引き続いて出版された今回の第2巻を手にとってみて、前野良沢研究は今後、この資料集を基に発展することを、いっそう確信しました。

第2巻には人物概要と凡例に続いて、良沢のオランダ語との格闘ぶりをしめす著作を中心に、以下14篇の著作が収録されています。( )内は底本所蔵先。

蘭言随筆初稿 (一関博物館蔵)
和蘭訳文略草稿(早稲田大学図書館蔵)
蘭訳筌(京都大学文学研究科蔵)
西洋画賛訳文稿(静嘉堂文庫蔵)
輿地図編小解(蘆田文庫 明治大学図書館蔵)
仁言私説(静嘉堂文庫蔵)
和蘭訳筌(東京外国語大学附属図書館蔵)
和蘭点画例考補(江馬寿美子家文書・岐阜県歴史資料館蔵)
思思未通(早稲田大学図書館蔵)
諸家的里亜加訳稿(静嘉堂文庫蔵)
和蘭説言略草稿(早稲田大学図書館蔵)
七曜直日考(早稲田大学図書館蔵)
金石品目(早稲田大学図書館蔵)
火浣布(早稲田大学図書館蔵)


関連資料として収録された大槻玄沢蘭学階梯』(大分県立先哲史料館蔵)は、蘭学普及に功績のあった玄沢の著作がいかに多く良沢の苦闘に負っているか、を改めて読者に示しています。


口絵8葉には以下の貴重資料のカラー写真が収録されています。


ストラダヌス『獣鳥魚の狩猟』Ioannes Stradanus, Venationes ferarum, avium, piscium.(徳川美術館蔵「阿蘭陀人殺生ノ図」から図版40。

西洋画賛訳文稿(静嘉堂文庫蔵)の「裏十二号」(上記図版40に内容一致)。

「輿地図編小解」の底本であるサンソン『新世界地図帳』Nicolas Sanson, Atlas Nouveau. Paris, Jaillot, 1692.(ただし、偽版。石川県立図書館蔵)から標題紙、目次、アジア図、サヴォイアピエモンテ国図、スイス図、オランダ図、ケルン大司教領・選挙公国図、マインツ大司教領・選挙公国図、ダニューブ河流域図、オーストリア・ウィーン図、古代ユダヤ国図。

マーリン『仏蘭辞典』第二版(武雄鍋島家資料 佐賀県武雄市蔵)(「仁言私説」関連資料)

メイエル『語彙宝函』1688年版(個人蔵)(「和蘭説言略草稿」関連資料)

ダルシー『蘭仏辞典』1643年版(個人蔵)Ian Lous D'Arsy, Het Groote Woorden-Boeck. Utrecht, Harman Specht, 1743.の標題紙と本文関連ページ(「仁言私説」関連資料)

「里亜加鑵外ノ包紙功能書」Super Fyne Venetiaansche Theriachel(「本木蘭文」 長崎歴史文化博物館蔵)(「諸家的里亜加訳稿」関連資料)


Google Book SearchやEuropeana、さらには近く公開されるというUNESCOのThe World Digital Librayなど、電子図書館のコンテンツはますます増大していく時代ですが、そのなかにあっても、書籍という伝統的な媒体による古典籍の出版を守り育て、その文化的価値を大切にしたいものです。今回の第2巻の寄贈を受け、そうした思いを強くしました。


洋学史研究者は『前野良沢資料集』から今後多大の恩恵を受けることになります。困難な出版状況の中、関係者のご苦労をご推察申し上げ、心より謝意を表します。