前野良沢のメイエル『語彙宝函』抄訳

前野良沢資料集』第二巻の贈呈を受け、所収の「和蘭説言略草稿」(寛政二年、1790成、底本は早稲田大学図書館蔵)を目にして思わず恥ずかしい気持ちになりました。

というのも、先頃発表した拙文「高峰元稑旧蔵蘭文写本について(一)」(北陸医史 第31号、平成21年2月)において、高峰譲吉の父元稑旧蔵蘭文のひとつがメイエル『語彙宝函』Lodewijk Meijer, Woordenschat.第10版(1745)第2部「術語」Konstwoorden篇の写本であることを紹介した折り、前野良沢『仁言私説』冒頭の「古言ヲ考フルニbarmenト云フアリ。其ノ説ニ云ク、bearmenノ意ナリト」という箇所にふれて、

第3部「古語」Verouderde woorden篇の江戸時代における利用例は管見の限り、前野良沢『仁言私説』のみである。

と書いてしまったからです。恥ずかしながら今回の『前野良沢資料集』第二巻によって、初めて「和蘭説言略草稿」を知りました。しかも、それがメイエル『語彙宝函』第10版(1745)第3部「古語」Verouderde woorden篇から60項目ほどを抄訳したものだからです。オランダ語原典と比較すると、良沢の翻訳はかなり正確です。

従来は原典の第10版と比較しようとすると、江戸時代舶載本の松浦静山旧蔵本(松浦史料博物館蔵)、幕府旧蔵本(国立国会図書館蔵)、佐倉藩旧蔵本(佐倉高等学校蔵)、仙台藩旧蔵本(宮城県図書館蔵)のいずれかを閲覧するか、ライデン大学などの海外図書館へ出掛けるか、海外古書市場で購入するか、しなければなりません。

しかし現在、Google Book Searchを検索すると、ミシガン大学図書館蔵本のLodewijk Meijer, Woordenschat.第10版(1745)を簡単に利用できます。同じく、第9版(1731、オックスフォード大学本)、第12版(1805、ゲント大学本、ミシガン大学本)も利用可能です。

3月29日に開催した実学資料研究会・洋学史学会京都・合同大会の討論の時間に、次の諸点を指摘し、問題提起しました。
1.洋学史研究に必要な洋書の原典や関連の書誌情報がGoogle Book SearchやGallicaでかなり利用できる時代となったこと、
2.それに引き替え、日本の電子図書館がその名に値しないお粗末な状態にあること、
3.人文研究に不可欠な基本資料の電子化とその共有が喫緊の課題であること、
4.日本研究資料の電子化は国家的文化戦略に位置づけられるべきこと、

伝統的な出版文化の堅持と電子化の推進、この両者は敵対するのか、棲み分け、共存が可能なのか。いずれにしても、時間のかかる地道な人文学研究を危機的状況から救う手だてを考えねばなりません。