笛を吹くエンゼル

4月5日の日記「舶載蘭書の天使」で、山村才助『西洋雑記』(1807年までに成る)から次の文を引用しました。

書籍の首に其選者の像を描き、傍に「エンゲル」(羽翼ある天人)を図し或は笛を吹く形あるハ「ヱンゲル」の遠く飛び笛声の遙に聞ゆるが如く其撰者の声価遠聞の意に取るなり。

このような天使図のある舶載蘭書の具体例を挙げるべきでした。どこかで見た記憶がありましたが、思い出せませんでした。書庫で山村才助の記述とぴったり合う口絵をもつ蘭書を見つけましたので、紹介しておきます。

吉雄権之助訳『外科精要』、新宮凉庭訳『窮理外科則』、佐々木仲沢訳『瘍科精選』などの原典であるゴルテル『新精選外科学』(ライデン、1746)です。

この原書はライデン大学の招きで初めてオランダに1年間滞在した1989年の秋、ハウダGoudaのコルンハルトCornhartという古書店で、表紙のはずれた裸状態のものを安価に購入し、翌年1月にライデンのファン・ウェルゼン製本工房Boekbinderij J. van Welzenで表紙を付けて貰ったものです。Rapenburg 92にあった小さな店でした。

標題と頁数は以下の通りです。
Nieuwe Gezuiverde Heelkonst, In Het Latyn Beschreven Door Johannes De Gorter, A.L.M. Med. Doct. en Professor Ordinarius. In het Nederduits overgezet Door Hendrik Korp, Chirurgyn te Amsterdam. Te Leyden, By Boudewyn Vander Aa, 1746. Met Privilegie.
(16), 932, (122) pp. 8vo.

標題を直訳すれば、

医学博士・教授ヨハネス・ゴルテルによってラテン語で書かれた新精選外科学。アムステルダムの外科医ヘンドリック・コルプによる蘭訳。ライデン、バウデウェイン・ファンデル・アー刊、1746年。官許。

問題の口絵は銅版で、中央にギリシア神話の名医アスクレピオスが立ち、右手で蛇の巻き付いた杖を持ち、繃帯を巻いた患者の頭に左手をおいた姿で描かれています。左に著者が座って執筆しています。著者の頭上、アスクレピオスの右肩の上には、天使が両翼を広げ、右手で著者の頭上に桂冠をかざし、左手にもったラッパを力一杯吹いています。天使の頭上には、左上方の太陽から光線が燦々と降りそそぎ、ラッパから垂れている四角の布切れには「Gezuiverde Heel-Konst」のタイトルが見えます。

銅版の右下には彫版師の名がI.C. Philips fecit. 1731.と見えます。fecitはラテン語で「刻」の意。

本書の古渡り本としては、京都大学附属図書館の新宮本(新宮凉庭旧蔵本)に、第3版(Amsterdam, Willem Boman, 1762.)が伝わっています。

なお、江戸時代舶載蘭書とは思われませんが、ヤン・ルイケン『図説新約聖書物語』(アムステルダム、1700)の本文第1頁の冒頭には、中央二人の天使が開いた書物を両脇から持ち上げ、両端の天使二人のうち右の天使がラッパを吹き、左端の天使がラッパを掲げている銅版図があります。