生理学書の蘭文写本

 名雲書店からホームページhttp://www.nagumosyoten.jp/開設の案内状が届いた。さっそくのぞいてみると、「名雲電子待賈古書目録」が「和本の部屋」「西洋学の部屋」「医学の部屋」など18の部屋に分かれていて、どの部屋から入ってもよい。「医学の部屋」を開けてみた。蘭文写本2本(035と040)が目についた。いずれも幕末蘭学塾でよく学ばれたドイツ系生理学書の写本である。

 035 PHYSIOLOGIE DOOR BLUMENBACH 江戸末期写 半2冊
とある蘭文標題は写本の題簽による。標題紙の写真は不鮮明であるが、Grondbeginselen der natuurkunde van den mensche door J.F. Blumenbach. Hofraad en hoogleeraar in de geneeskunde te gottingen enz. Naar de laatste latijnsche uitgaave op nieuw vertaald. Door Jacob Vosmaer, Med. Cand. Met plaaten. Harderwijk, Bij J. van Kasteel. 1807.と判読できる。和文の書名をつければ『人身窮理基礎』ぐらいであろう。どこの蘭学塾でどういう蘭学生が筆写したのだろうか。医史学者内山孝一旧蔵本。
 原著はゲッチンゲン大学医学教授J.F.ブルーメンバッハの生理学教科書ラテン語版をJ.フォスマールが蘭訳したものである。この教科書は同じ書店から1791年にG.J.Wolffによる蘭訳が出ており、1791年版の舶載本としては早稲田大学洋学文庫の宇田川榕菴旧蔵本が知られる。
 掲出の1807年版の舶載本はまだ手にしたことはない。写本があるので、舶載されたことはまちがいない。蘭訳者J.フォスマール(1783-1824)はハルデルウェイク大学で医学を学び、後にユトレヒト獣医学校の初代校長となった。
 緒方洪庵『病学通論』(嘉永2年)の典拠のひとつにも同じブルーメンバッハの生理学書が挙げられているが、これはA.J.van Houte en F. van der Breggen. の訳によるAmsterdam, L. van Es, 1822.版である。
 蘭文写本でこれまで筆者が手にしたのは、佐賀藩蘭学者金武良哲旧蔵になるもので、Amsterdam, H.D. Santbergen, 1835.版である。ただし、原書の冒頭第1小節から第28小節までの抜き書き。伊東玄朴の象先堂関連の写本かもしれない。

 040 羅施人身窮理 坤巻(乾巻欠) 138丁 江戸末期写
 表紙の書き題簽に「羅施人身窮理 坤」とみえる。巻末には「安政二丙辰年春二月上旬/於時習堂求之/大雲譲/二巻之内」の墨書がみえる。乾巻を欠くので原標題が不明であるが、適塾でも学ばれていた、いわゆる「ローセ人身窮理書」にちがいない。京の蘭学者廣瀬元恭の時習堂で入手した写本。原書はおそらく、Roose(T.G.A.), Handboek der natuurkunde van den mensch, uit het Hoogduitsch vertaald, door M.S. Ypma. Amsterdam, L. van Es, 1809.であろう。香川大学神原文庫に袋綴の和刻本[請求番号491]がある。国会図書館所蔵幕府旧蔵蘭書(1362)(2308)は未見であるが、同じ和刻本であろう。
 名雲書店の解説は、大雲譲は旧福井藩医齋藤策順の弟にあたる大雲嵐渓と推定している。