狩野文庫の蘭書(3)

3.クラーメルス『一般外来学術用語通解』第3版

Kramers Jz., Jacob (1802-1869)
Algemeene Kunstwoordentolk, Bevattende : De Vertaling En verklaring van alle vreemde woorden en zegswijzen, die in geschriften van allerlei aard, in de taal der samenleving, in handel bedrijf, enz. voorkomen. (...) Derde, aanmerkelijk verbeterde en vermeerderde druk. Gouda, G.B. Van Goor. 1863.
Frontispiece, X, 1144 pp. 231x147mm.

幕末に大量に舶載されたオランダ語の外来学術用語辞典。口絵は編者の肖像画。見出し語はオランダ語で使用されるラテン語、フランス語起原の外来語が圧倒的に多い。語源、語義、用例をオランダ語で詳しく説明している。

江戸時代舶載蘭書のなかで、阿蘭陀通詞や蘭学者にもっとも早く利用された外来語辞典はメイエル『語彙宝函』(第6版1688から第12版1808まで)の第1部『バスタールト辞書』(Bastaardt-woorden)であった。中津藩医大江春塘編集、馬場貞由校正の蘭日『バスタールト辞書』(文政5年、1822刊)の底本が原書第6版(1688)であることは、このブログ2009-04-02「バスタールト辞書の底本」ですでに述べた。

『バスタールト辞書』の次の時代によく舶載されたのは、ウェイラント『外来学術用語辞典』Weiland, P., Kunstwoordenboek.(初版1824、補遺1832、新版1843、第2版1846、第3版1858)であった。この外来語辞典の第2版(Dordrecht, Blussé en Van Braam, 1846)は安政4年(1857)多摩で医師の青木芳斎と秋山佐蔵が金属活字で和刻本を出したことで知られる。

ウェイラントよりも充実した新時代の外来語辞典がこのクラーメルス『一般外来学術用語通解』であった。本書第3版の巻頭にある初版序文(「ハウダにて、1847年5月31日、編者」と日付あり)によれば、本辞典は、ハイゼやカルトシュミットの外来語辞典、モザンの大辞典をもとに編纂したという。ハイゼの外来語辞典はJ.W.A. Heyse, Algemeines verdeutschendes und erklärendes Fremdwörterbuch. の第9版。書名の引用はないが、カルトシュミットとは、J.H. Kaltschmidt, Neuestes und vollständiges Fremdwörterbuch.(版種不明)、モザンとはP. Mozin, Dictionnaire des langues française et allemande. Stuttgart, 1842-46.のことと思われる。「第3版への前書き」によれば、ハイゼの第12版で改訂したという。

江戸幕府旧蔵蘭書総合目録』には、クラーメルス外来語辞典の蕃書調所旧蔵本として、初版(Gouda, 1847. 本文950 pp.)1冊、第2版7冊を記載している。管見に入ったものをあげると、

第2版(Gouda, 1855. 本文1032 pp.)は、次項「狩野文庫の蘭書(3)」で記載する狩野文庫本(狩I-D-42A)、静岡県立中央図書館葵文庫本(AN126:洋書調所本、蕃書調所本の2冊)、佐賀鍋島家旧蔵蘭書(「医局」印あり、佐賀県立図書館[鍋209-H.53])、萩藩好生局旧蔵本(杏雨書屋[阿知波524a])、京都大学附属図書館本(黒田麹廬旧蔵本[VIII-0-K-2])などがある。

本書と同じ第3版は、杏雨書屋所蔵萩藩好生局旧蔵本([阿知波524b]、[阿知波524c])、京都大学附属図書館山脇本(「丙 第三十二号 カラーメル 羅蘭対訳全」の貼紙あり、[III-5-K10 山])がある。

標題紙に「狩野氏図書記」「荒井泰治氏ノ寄附金ヲ以テ購入セル文学博士狩野亨吉氏旧蔵書」の他に、「岡山藩医学館文庫印」の蔵書印がある。岡山藩医学館は明治3年に藩知事池田章政が創設した医学校で、医学監督に就任した明石退蔵(1837-1905)はオランダの二等軍医ロイトルを招聘した。

なお、本書初版には縮約版Kramers’ Woordentolk Verkort. Gouda, G.B. van Gor, 1854.があり、これをもとに、弘前藩蘭方医佐々木元俊(1818-1874)が和刻本『遠西葛拉黙児私著 蕃語象胥』(安政4年、1857)を整版で出している(2冊本、題簽は銅版)。

また、『外来語通弁』とでも訳すべき異版、Vreemde-woordentolk. Verklaring van de aan vreemde talen ontleende woorden en zegswijzen, die in de kunsten en wetenschappen, in den handel en de zamenleving voorkomen; Met aanwijzing der uitspraak. Bewerkt door J. Kramers Jz. Gouda, G.B. van Goor. 1865. 657 pp. も舶載されている。その管見に入ったものに、京都大学附属図書館所蔵高橋本([III-5-K-9 高])がある。この見返しには「イ カラームル羅甸字書 全壱」の墨書があり、標題紙に「日新堂印」の印記がみえる。

外来語辞典のほかに、幕末明治初期に「カラームル」「カラームルス」としてよく流布した蘭書に、『世界地理辞典』Geographisch woordenboek der geheele aarde. Gouda, G.B. Van Gor, 1855.と『世界地理・統計・歴史提要』Geographisch- statistisch- historisch handboek, of beschrijving van het wetenswaardigsteuit de natuur en geschiedenis der aarde en harer bewoners. Gouda, G.B. Van Gor, 1850. 2 vols.がある。後者は明治前期の大ベストセラー、内田正雄『輿地誌略』の種本に利用されたことで知られる。
[狩 I-D-42]