儒家小誌にみる蘭学者

最近、古書店で『書画鑑定必携 儒家小誌』(渡 俊治編、東京、文求堂、大正14年再版)を購入しました。初版は奥付を見ると、大正11年9月15日、丁度関東大震災の一年前に出ています。文求堂は中国古典籍の古書肆として有名でしたが、大震災後は中国語学書の出版で重きをなしました。書店主の田中慶太郎が編訳した『支那文を読む為の漢字典』(昭和15)は今でも重宝する漢和辞典で、私はその第10版(平成6、研文出版)を使っています。

儒家小誌』はこれとほぼ同じ縦長の中型本(縦18cm x 横11cm)で、手に持つと心地よい感じがします。儒家の姓、号、名、字、生地、没年、享年、師名、備考が縦一行(姓号以外は細字双行)に組まれています。たとえば、

貝原益軒 篤信/久兵衛 子誠 益軒。損軒。柔軒(初) 筑前人 正徳四年 八五 松永尺五/木下順庵 福岡藩儒。寛斎男

といった具合です。各頁10名づつ組まれています。本文398頁ですから、詩文の挿入を考慮すると、おそらく3700人ほどの儒家が収録されています。

儒家といっても、備考欄には、「藩儒」だけではなく、「藩士」、「儒医」、「医」、「画」、「志士」、「詩」、「易学」、「本草学」、「書」、「幕臣」などさまざまな注記が加えられています。坂本龍馬の名まで挙がっています。

本書を面白く思ったのは、蘭学者も多く収録されていることです。蘭学者も多くの書画を遺したので、角書きに「書画鑑定必携」とある本書に登場するわけでしょうか。しかし、よく考えてみると、蘭学は百科全書的な広がりを特徴とする日本儒学の一部に位置づけることも可能です。本書は「いろは」順ですので検索に手間取りますが、かえって見覚えのある「儒家」の名がときどき目に飛び込んできて、その生地などを新たに知るのも結構楽しいものです。

こころみに、収録されている蘭学者の姓号のみを大急ぎでひろってみましょう。漏れがあるかもしれませんが。


稲村三伯 飯沼慾斎 馬場轂里 西玄甫 帆足愚亭(万里) 戸塚静海 緒方洪庵 大槻盤水 大槻盤里 
賀来毅篤(佐之) 川本幸民 桂川月池(甫周) 桂川柳窓(甫筑) 桂川翠藍(甫賢) 高野瑞皐(長英) 坪井誠軒(信道)
辻蘭室 楢林鎮山 楢林和山(宗建) 村上茂亭(英俊) 宇田川槐園(玄随) 宇田川榛斎(玄真) 宇田川榕菴 宇田川興斎
海上随鴎 前野蘭化 小石大愚(元俊) 小石檉園(元瑞) 小森桃塢 小関学斎(三英) 江馬蘭斎 青地芳滸(林宗) 青木昆陽 青木五龍(興勝) 足立櫟亭(栄建) 箕作紫川(阮甫) 箕作玉海(省吾) 箕作秋坪 司馬凌海 新宮凉庭 杉田鷧斎(玄白) 杉田紫石(伯元) 杉田錦膓(立卿) 鈴木春山 


広義の蘭学者としては、以下の名前も見えます。


渡辺崋山 高橋東岡(至時) 高島秋帆 鷹見楓所(忠常) 野呂連山(元丈) 工藤球卿(平助) 山片蟠桃 佐久間象山
平賀鳩渓(源内) 


編者である渡俊治(後凋)の凡例に、「予常に古儒の人格今人に優れたるもの多きを思ひ、其の書画を得て古儒崇拝の一端とせんとし、之が蒐集に従事すること多年、傍ら儒者の伝記逸話等見るに随ひ聞くに随ひて之を抄録せるもの、積んで数千枚に達せり」、本書は「其要を摘んで一覧表の如くに整理」したものとあります。「数千枚」ははたしてどうなったのか、編者の略歴と共に知りたいところですが、手がかりがまったくありません。