渡辺崋山旧蔵蘭書(13)

[30] 書札文言之書  同[小本] 壱冊

未詳。手紙文例集の類でしょう。法令書式集は19世紀前半までのオランダ語でformulierboekとかpapegaai(オウムの転義)といいます。online catalogueで検索してみますと、四つ折り判が殆どです。18世紀オランダでよく使われたのはアルフェン『法律書類模範文例集』W. van Alphen, Pagegai of Formulierboek. Utrecht, J.J. van Poolsum, 1720. 4to. 2 vols.です。この本は寛政10年4月24日に掛川で客死したオランダ商館長ヘンミーの蔵書にありました。しかし、これも四つ折り判です。崋山旧蔵書は小本といいますから、むしろ日常的な手紙例文集のはずです。

日常的な手紙文例集といえば、阿蘭陀通詞養成のために使用された「サーメンスプラーカ」(会話教科書)のなかでも代表的なマーリン『新仏蘭会話教程』P. Marin, Nouvelle methode pour apprendre les principes et l’usage des langues françoise et hollandoise. の巻末に商業用の手紙文例集があります。しかし、これは小本ですが、独立した書物ではありません。

そこで、可能性の高いものを一つあげれば、ランドレ『フランス式手紙教授用文例集』G.N. Landré, Verzameling van brieven om tot de kennis van den Franschen briefstijl op te leiden. Amsterdam, 1812. gr. 12mo.です。ファン・デル・アーVan der Aa『オランダ人名辞典』がランドレの項目で挙げている書物です。ランドレはアムステルダムのフランス語教師をしながら、仏蘭・蘭仏辞典を編纂したことで知られています。1824年に62歳でなくなりました。残念ながら、この本は未見です。

出島の阿蘭陀通詞養成カリキュラムでは、最終段階に「オプステル」(オランダ語作文)を課していました。この「オプステル」は当時のオランダ本国では、ほとんどの場合、フランス語作文を指していたようです。そのための教科書として代表的なものが、アフロン『フランス語作文問題集』A.N. Agron, Verzameling van opstellen. Amsterdam, J. Allart, 1806.です。しかし、この問題集はフランス語に訳すべきオランダ語文がフランス語の文法カテゴリーにしたがって、掲げられていますが、手紙文はありません。

出島の言語生活に合わせた手紙文例集としては、馬場佐十郎『蘭学梯航』(文化13年、1816成)の巻二に収録されている文例集が知られています。これについては、別の機会に分析することにします。