ファン・デ・スタット『日蘭辞典』/江戸ハルマonline

當山さんのブログhttp://yamamomo.asablo.jp/blog/2009/03/12/4171074
へのコメントで、

出張先のため辞書が手元になく、正確ではありませんが、ファンデスタット編『日蘭辞典』(台北、1930?)がありますね。南洋庁の出版だったと思います。

と書いたことを思い出しました。ここで訂正しておきます。正確には、

ファン・デ・スタット著『日蘭辞典』(南洋協会台湾支部、1934)です。奥付によれば、昭和9年11月30日印刷、同年12月3日発行、発行所は「台湾総督府構内 南洋協会台湾支部」です。

私はこの元版をオランダのHaarlemの古書市で、1989年11月3日に購入しました。下手なオランダ語でメールを書くときなどは仏蘭辞典を使っていますが、オランダ語の調べ物をする際に、ときどきこのファン・デ・スタットを検索します。

著者のPeter Adriaan van de Stadt および『日蘭辞典』出版の経緯については、凡例に、

著者フアン・デ・スタツト氏は、創設以来昭和八年廃庁に至るまで、蘭領印度政庁日本事務局長の要職にありたる人にして、本書は、同氏が大正十一年八月南洋協会より発行したる実用蘭和辞典の姉妹編として拮据五年の歳月を費して大成したるものなり。

とあります。著者のオランダ語による序文は大方次のようなものです。

この辞書の草稿は長い苦難の歴史を経ております。1922年、実用蘭和辞典を出版したとき、当時の松本バタヴィア総領事が相当大部の日蘭辞典を編纂するよう勧めてくれました。私は同じような需要があるかどうか、出版者が危険を冒してくれるかどうか、不安でしたが、松本領事は心配ないとの返事でした。そこで、私は日蘭関係を強化するためにも、また相互の利益のためにも、編集に取りかかりました。1925年原稿を完成させ、1926年用務で東京に出張したとき、南洋協会と出版の困難を乗り越えようと交渉しましたが、協会が危険を冒そうとしないため失望し、時期を待つことにしました。好機は訪れませんでしたが、やっと道がひらけました。小谷副領事と台北百科辞典局(Encyclopedisch Bureau)の原口氏などの熱心な援助により、本辞典が原稿完成以来9年にして、やっと日の目をみることになりました。本書はすこし古臭いかもしれませんが、重大な誤りはないと信じています。本書の目的が達成され、日蘭間の誤解が消滅せんことを希望して、この前書きを終えたいと思います。 P.A.ファン・デ・スタット  バタヴィア、1934年2月2日

現在、この『日蘭辞典』は、オランダ語圏の日本語学習者向けに、onlineで全画像が公開されています。
http://www.jiten.nl/index.cgi?pagina=jainfo
http://www.jiten.nl/index.cgi?page=info
http://www.jiten.nl/index.cgi?pagina=siteinfo

しかし、決して検索しやすいものではありません。

ファン・デ・スタットの略歴については、オランダ側での調査結果を
http://www.jiten.nl/index.cgi?page=author
でみることが出来ます。

ルーヴァン大学とライデン大学で、日蘭辞典の編集が計画中ですが、なかなか進展がみられないようです。

ところで、この日蘭辞典編集グループがHPで、

早稲田大学図書館所蔵 江戸ハルマ(蘭和辞書) 全文画像
http://www.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/b08_a0209_all/

にリンクを張っているのには、びっくりしました。誤訳だらけの「江戸ハルマ」、しかも見出し語を木活字印刷した、いわゆる木活字本「江戸ハルマ」(ただし、訳語は手書き)ではなく、筆写本の画像を目の前にして、ヨーロッパの日本語学習者は、たとえ解読できたとしても、誤訳に混乱するばかりではないかと。底本となったハルマの蘭仏辞典を座右において参照してはじめて、「江戸ハルマ」の真の姿が分かるのに。

この「江戸ハルマ」全文画像公開のトップページ
http://www.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko08/b08_a0209_all/b08_a0209_01_001/index.html

「内容記述」には、公開資料が10行にわたって解説されていますが、この解説も混乱を引き起こしそうです。「江戸ハルマ」には木活字本と筆写本の二種があり、公開されているのは筆写本であることについて、説明がありません。稲村三伯の編集したのは木活字本の方で、公開されている「江戸ハルマ」は筆写本で、部分的に訳語が増補されています。筆写本にはシーボルトがヨーロッパに持ち帰った写本もあります。「オランダ語の「ナトゥール」(natuur)」とありますが、オランダ語の発音どおりに、「ナテュール」または「ナチュール」と表記すべきでしょう。与えられた訳語「自然」の解釈については疑問を禁じ得ません。