渡辺崋山旧蔵蘭書(2)

昨日書いたように、天保9年5月、幕府天文方山路弥左衛門が天文台蘭学者宇田川榕菴、杉田立卿、杉田成卿に渡辺崋山所持蘭書の取調目録を作成させました。天保14年2月2日に天文方見習兼御書物奉行渋川六蔵敬直(ひろなお)がこの目録を写し、「直」の字を書き入れて蘭書を点検した自筆写本が国際日本文化センター所蔵文方渋川家文書(全8冊)の第7冊に綴じ込まれています。この貴重な渋川家文書に含まれる欧文資料については、拙著『洋学の書誌的研究』第4部で紹介しました。

この渋川六蔵の自筆写本は、「此度御下ケ御座候蛮書并写本類取調候目録 山路弥左衛門」という題目と作者名をもち、題名の右脇に、「天保十年亥年五月廿一日荒井甚之丞ヲ以越前守殿江上候書目写」、左脇に「卯二月二日調済 渋川六蔵控」との書き入れがあります。「卯」は天保14年でしょう。先に紹介した「渡辺登蘭書一件」の小笠原貢蔵らによる報告書では、山路弥左衛門が蘭書の下げ渡しを受けたのが5月22日、翌23日に右筆荒井甚之丞を通して目録と書面を添えて蘭書を返却しました。したがって渋川六蔵写本にある「五月廿一日」と日が食い違います。この事情は不明です。

本文は一つ書きで書名と冊数を記し、一つ書きの脇に「壱」から「六十五」の通し番号を付けています。末尾に「都合百弐拾壱冊」とあります。以下、通し番号の順に書誌的な同定を試みてみましょう。通し番号は便宜上、漢数字をアラビヤ数字に変え、[ ]内に示します。その次ぎに原本の表記にできるだけ忠実に、書名と冊数を掲げます。<>は見せ消ちを示します。

[1] 五大洲輿地全図 大本 壱冊
未詳。世界地図帳ですが、同定の手がかりはありません。

[2] handatlas掌中五大洲全図 千八百十八年刊 中本 壱冊
おそらくドイツの有名なシュティーラー世界地図帳Adolf Stieler (1775-1836), Hand-atlas über alle Theile der Erde. Gotha, Justus Perthes, [1816-1850]の1818年版でしょう。

[3] 五大洲輿地全図 但 アムステルダムニ而刊行 大本 壱冊
 未詳。

[4] [5] ハルマ辞書 上<同断    下> 二冊
ハルマ『蘭仏辞典』F. Halma, Woordenboek der Nederduitsche en Fransche taalen.『仏蘭辞典』F.Halma, Le grand dictionaire françois & flamand.のセット。版種不明。ただし、蘭仏辞典は初版1710、1717、第2版1729、第3版1758、第4版1778、1781の四種、仏蘭辞典は初版1686、第2版1708、第3版1717、1719、第4版1733、第5版1761、第6版1781の六種あります。

[6] アンソン(人名)世界一周紀行<書>  一冊
リチャード・ワルター編『アンソン提督世界周航記1740〜1744』のオランダ語版、Richard Walter, Reize rondsom de werreld, gedaan in de jaaren 1740 tot 1744, door den Heer George Anson. Amsterdam,I. Tirion, 1748 [Leiden, Amsterdam, 1765].